7days

ミャンマー・ヤンゴンとバガンを巡る旅② バガン編

バガン2日目は、日の出を見るために朝4:30に起床した。日の出時刻は5:45。

ホテルで自転車を借りて、日の出で有名なシュエサンドー・パヤーへ向かう。宿泊先のバガン・ティリピセヤ・サンクチュアリ・リゾートからは平坦な道を進み、15分ほどで着く。

まだ朝5時ちょっと過ぎなのにすでに多くの人が日の出を待っている。最上階は諦めて、ひとつ下の段でゆっくりと拝むことに。

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少しずつ明けてくる朝とシルエットに浮かぶたくさんのパヤー。薄暗く青みがかかった空が一番美しい。しかし、いまは雨季。残念ながら雲がかかってしまい、日の出を拝むことはできなかった。

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ホテルに戻って朝食。エーヤワディー川を眺めながら、涼しい風が吹く中での朝食は最高だった。

そして、いよいよパヤー巡りへ。旅行代理店に手配してもらった専用車で、日本語ガイドのテイさんと回った。バガンには日本語ガイドは7人(たしか)いるらしく、彼はヤンゴンで1年間日本語を勉強したのち、3年前からガイドを始めたらしい。日本語はいまいちだが、人懐っこい性格で良いガイドさんだった。

この日は1日で11個のパヤー・寺院と、ニャウンウーのマーケット、漆塗り工房に行くという盛りだくさんだった。ひとつひとつガイドの話を含めながら紹介したいところだけど、なんせ数が多いので簡単に紹介。

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①ブレディ・パヤー

朝日で有名なブレディ・パヤー。残念ながら工事中で登れず、向かいの仏塔に登った。修復の資材はロープで手作業。こりゃ時間がかかる。

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②ニャウンウー・マーケット

ニャウンウーにある市場。観光客目当てのお店や売り子がいてちょっと面倒くさい。でもローカルな雰囲気を見られた(と言っても普段こんな感じのマーケットで食料を買っているんだけども)。

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③シュエズィーゴォン・パヤー

ニャウンウーにある金ピカパヤー。残念ながら上部は修復中で見られず。でも1枚500チャット払って金箔を貼れた。

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④ティーローミンロー寺院

重厚感のある立派な外観。壁画もレリーフもおもしろい。

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⑤タラバー門

昔の王宮を囲んでいた門。いまではわずかな城壁とこの門しか残っていないらしい。門にはナッ神を祀った仏像がある。バガンの人たちは新しく車を買った際はここに来て、交通安全を祈願するらしい。

アーナンダ寺院

最もバガンで美しいと言われる寺院。薄くピンク色がかった白色の姿は美しく、見とれてしまう。中には大きな仏像が4つあり、昔ふたつは火事で失われ、新しく作り直されている。古い仏像は離れてみると微笑んでいるように見える。

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⑦漆塗り工房

途中でガイドにつれてこられた漆塗りの工房。職人さんというと熟年の人を思い浮かべるが、若い職人ばかりだった。100年歴史があると言うけど、実際のところどうなんだろう?

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マヌーハ寺院

ビルマ人に戦いに敗れ捕らえられたモン人王様が作った。その怒りを込めて、仏像の表情は険しく、仏像は窮屈な場所に安置されている。

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⑨ナンパヤー寺院

阿修羅像の彫刻が描かれている。いかに仏教がインドからもたらされ、ミャンマーがインドから影響を受けてきたかよく分かる。

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⑩タビュニュ寺院

バガンで最も高い寺院。タイヤでできたゴミ箱がいたるところにあるんだが、どうもバガンの雰囲気とあっていない。

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⑪ダマヤンヂー寺院

父親と兄を殺して王になったナラトゥー王が、自分の行いを悔いて建てた。どすんと構えた建築は迫力がある。建築途中で彼は亡くなったが、誰も引き継いてくれず、未完成のままである。中にはふたつの仏像が鎮座しているが、ひとつは現世のもの、もうひとつは来世のものである。王は現世だけで悔いるのでは不十分として、来世での平安を祈ったらしい。

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⑫ブー・パヤー

ブーはひょうたんのことで、その形をしたパヤー。可愛らしい格好。エーヤワディー川沿いにあり、夕暮れ時の美しい景色が広がっていた。

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⑬シュエグージー寺院

夕日を見るために来た。登れる。残念ながら、雲が多く、綺麗な夕日は見られなかった。

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途中、もうどの寺院を見ているのかよく分からなくなってきてしまった。2,000あると言われるパヤー。その壮大さと歴史の深さを感じた1日だった。

夕食はサラバ―レストランで、ミャンマー風の中華料理を食べる。食べやすい味で美味しかった。

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次に続く・・。

ミャンマー・ヤンゴンとバガンを巡る旅① ヤンゴンからバガンへ編

8月2日〜5日から4日間、両親のミャンマー訪問に合わせ一緒にヤンゴンバガンを旅行してきた。

何だかんだで両親と最後に海外に行ったのは小学3年生の頃だから、ほぼ20年ぶりだ。両親にとっては初の東南アジア旅行で、僕とっても何年かぶりの同行者ありの旅行。出発前はお互いに楽しみ以上に心配が上回る。

そんな両親とのミャンマー旅行の記録。

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初のバガン旅行

ミャンマーには魅力的な観光地が数多くある。世界三大仏教遺跡とも言われるバガンに、マンダレー、インレー湖など。しかし、何しろネックは移動時間だ。それぞれの観光地が離れているため、どれも観ようとするととにかく時間がかかってしまう。

今回、観光に使えるのは3日間半と限られていたため、ヤンゴンバガンのみに行くことにした。出張でヤンゴンはよく行くが、バガンは初めてだ。同じホテルに連泊できるようにヤンゴンバガン間の移動はどちらも夕方にして日程を組んだ。

8月2日:【朝】ヤンゴン到着→【午前】ヤンゴン観光→【午後】バガンへ移動
8月3日:【終日】バガン観光
8月4日:【午前】ポッパ山観光→【午後】バガン観光→【夕方】ヤンゴンへ移動
8月5日:【終日】ヤンゴン観光
8月6日:【朝】帰国

ちなみにもう1日あればマンダレー、もう3日あればインレー湖も行けただろうなあ。ミャンマーを存分に楽しむならば、2週間は欲しいところ。

ヤンゴン

30分遅れで両親がヤンゴンに到着。バガンへの飛行機は15:30発なので、出発まで4時間ほどヤンゴンを観光した。

空港にはいくつか両替所があるけど、ターミナル2では出発ロビーにあるCB Bankのレートが一番良い。と言っても他の銀行と数チャットの違い。しかも街中の両替屋さんと為替レートは大して変わらないので、両替所に行く時間を考えれば、空港で両替してしまうのがおすすめ。誤魔化されることもないので安心。

11:00頃、インヤー湖近くのハッピーカフェ&ヌードルへお昼に向かう。綺麗な店内でミャンマーヌードルを満喫。

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ランチの後は、ヤンゴン空港から30分ほどの距離にあるスウェドー・ミャッ・パヤーに行く。このパヤーには仏陀の歯が収められており、パヤーの名前もそのまま聖歯のパゴダらしい。知名度はあまり高くないが、新しい建物で想像以上に立派な建物だった。

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パヤーに入って中央にあるガラスケースの中に仏陀の歯が入っている。

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その後、すぐとなりにあるナーガ洞窟パヤーへ。僧侶が修行する僧院を進むと奥まったところにある。

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洞窟と言うからには洞窟があるのかと期待が膨らんだが、すでに洞窟の入り口は閉じられているらしい。昔はその洞窟に入った後、入り口を閉め、飲まず食わずで修行をしていたようだ。

しっかし、ここが汚いのなんのって。犬の糞だらけ。ここを裸足で歩かねばならないことが苦行だ。

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 僧院内には修行する少女たちのお経を唱える声が響く。と思いきや、学校の教科書を音読しているらしい。身寄りがない子どもたちや、貧しくて育てられなくなった子どもを僧院に預けることがミャンマーではよくある。そうした少女たちが勉強しているらしかった。

ヤンゴン空港への道すがら、メーラム・パヤーに寄る。地球の歩き方に書かれている通り、まさに「仏教のテーマパーク」だった。他のパヤーでは見たことがない奇妙な仏像が数え切れないほどあって、不思議な空気感を醸し出していた。

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ミャンマー飛行機事情

再びヤンゴン空港に戻ってきた。バガンのニャウンウー空港へはカンボーザ航空のフライトで行く。良い時間のフライトがなくて、15:30発のヘッホー経由のニャウンウー行き。ヘッホーで15分ほど滞在して、すぐニャウンウーに向けて離陸する。

しっかし、ミャンマーの国内線は不便だ。特に雨季は便数が少なく、妙な時間帯にしかフライトがない。安全性が信頼できない航空会社もあるし、必ずリコンファームが必要など面倒くさいことも多い。

しかも外国人には外国人料金が適用される。ヤンゴンからバガンへたった1時間半のフライトなのにひとり100ドルもする。他の東南アジアの国じゃ、その半分もしない。金を持っている外国人から外貨を取ればいいという考えを改めなければ、この国への観光客は増えないだろうなと思ってしまう。

ともかくそういう事情から旅行代理店に任せたほうが安心でスムーズだ。おすすめの旅行代理店はさくら観光さん。対応もとても丁寧で、価格も良心的。今回の国内線フライトや、バガンでの専用車・ガイドの手配をお願いした。

さくら観光 | Sakura Kankou Travels & Tours Co., Ltd.

ヤンゴンからバガン

ヤンゴンからヘイホーまでは約1時間、ヘイホーからバガンまでは約30分。

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こんな短いフライトなのに機内食が2回も出た。そしてその機内食のお粗末具合に驚いてしまう。これだったら無理して出さないでもいいんじゃないかなあ・・。

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これが2回目の機内食。サービスのクオリティは大手LCC以下。機内食なんか出さないでいいから料金安くしてくれないかなあ。

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17:30頃にニャウンウー空港に到着。田舎の空港らしく何にもない。ない。

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ニャウンウー空港からはホテルへはタクシーで移動。料金は固定制でホテルのあるオールドバガンまで7,000チャット。20分もかからずに着いてしまうことを考えると割高。途中で小さなお店に寄ってもらいビールやお菓子を調達する。

宿泊先は日系のバガン・ティリピセヤ・サンクチュアリ・リゾート(Bagan Thiripyitsaya Sanctuary Resort)。フロントとレストランに日本人のスタッフさんがいるらしい。アカシアが生い茂り、リスが走り回る庭が素敵。

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部屋はこじんまりとしていたが、清潔でゆっくりくつろげる。水回りの施設が老朽化していて水の流れが悪かった。まあ、価格を考えれば十分かな。

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次に続く・・。

Skypeアカウントを乗っ取られた。

何だか厄続きである。

Skypeアカウントを乗っ取られた。

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先日、Skypeアカウントに見知らぬメールアドレスが勝手に追加され、自分のメールアドレスがセキュリティ情報から削除されたと通知が届いた。さらにSkypeにおける登録メールアドレスが前述の見知らぬメールアドレスに変更された。

この時点ですでに第三者によりパスワードは変更されていたため、ログインができなくなってしまった・・。調べてみると、同様の被害は多くあるようだ。

reviews.f-tools.net

パスワードの再設定

とっても困る。勝手に友人へスパムメッセージが流されても、10年近く前から使ってきた情報が消えるのも、登録したクレジットカード情報が流出するのも本当に困る。

いろんなサイトを参考に、Microsoftのサイトからアカウントの復旧を申請したところ、「誠に残念ながら、お送りいただいた情報からは、お客様が対象アカウントの所有者様であることを確認できませんでした。」と返信。

つまりアカウントは復旧できませんと。

なんでだよ。改めて空白を埋め、再度申請。ちなみに1日に申請できる回数は決まっていて、その上限にいっていることは”フォームをすべて入力し終わった後に分かる”という最悪の仕様。数日に渡って何度も試して、ようやく「所有者であることを確認いたしました」との通知が来た。

別に送付されたメールのリンクから新しいパスワードについに変更!

再度アカウント復旧

やっと復旧ができたという安心できたのもつかの間、新しいパスワードでログインすると、今度は「だれかがあなたのアカウントを使っているようです」との表示が。再びアカウントの復旧を求められる。

なんでよ。何のためのアカウント復旧なのさ。だれかが使っている可能性があったからアカウント復旧を依頼したんじゃないかよ。

しかも、パスワード変更のときと同じ回答内容で申請したのに、「誠に残念ながら、弊社システムの判断により、この度お客様から提供いただいた情報からは、お客様が対象アカウントの所有者様であることを確認できませんでした。」だって。なぜ同じ内容で一度は承認され、今度は承認されないのか意味が分からない。

初期登録の情報も、Skypeクレジットの購入・使用履歴も、友達リストにいる人の名前もぜんぶ正しく回答しているのに、なぜ承認されないのか意味が分からない。

ユーザーフレンドリーとはほど遠い・・。

承認されずに問い合わせ

何度か回答内容の書き方を変えて申請してみるが、「復元のご依頼に関するお知らせ (最終) 」という通知が届き、新しくアカウントを作成することを勧められる。

そんなこと分かってるんだよ!新しくアカウントを作る方法なんて知っているが、アカウント自体に価値があるのではなく、10年近く使ってきた情報やクレジットカード情報、残ったSkypeクレジットなんかが重要なんだよ。だから復元をしようとしているだ。

どうしようもなくMicrosoftに問い合わせするも、大した助けにもならない。

今回、パスワードのリセットは成功した状況かと存じますが、
お困りのところ大変恐れ入りますが、アカウントの保護のために、ロックがかかっている状態となっております。

この制限は、第三者による不正使用からアカウントを保護することを目的としております。
この制限の解除方法は、以下の 3 通りになります。

手順をご確認のうえで、再度お試しいただけますでしょうか。

a. サインイン後にパスワードリセットを実施する
b. 回復用 (旧称 復元用) コードをお持ちの場合、コードを入力する
c. 「アカウントの復元」画面より、ご本人様確認の質問へ回答する

諦めるしかない?

これまでのアカウントを諦めるしかないんだろうか。今のところ、誰かからスパムメッセージが届いたという連絡も、クレジットカードが悪用された形跡もない。しかし、情報漏れの可能性がある友達リストの人たちに本当に申し訳がない。

どこからパスワードがどこから漏れたか皆目検討もつかなず、さらにアカウントが復旧できないことが本当に悔しい。

Skypeアカウントをお持ちの方、こうなる前に改めてセキュリティ情報や二段階ログインの設定を見直すことをおすすめします。

デング熱、その後。

先日、ミャンマーデング熱にかかった。

7月7日に発熱、17日には無事に血小板の値も正常値に回復したのだが、その後の体調不良が想像以上にしんどかった。まったくすっきり良くならないのだ。結局、3週間ほど不調は続いた。その備忘録。

7days.hateblo.jp

そもそもデング熱は後遺症がないと言われている。しかし、人によっては一度回復しても、発熱したり、髪の毛が抜けたりなどの後遺症とも言えるような症状が出るらしい。病院の看護師には1週間ほど療養するよう伝えられたが、人によっては1〜2週間、長くて1ヶ月間、すっきりと快復しないこともあるようだ。

僕の場合は、病院を退院してからも身体のだるさが続き、頭痛やリンパの腫れ、皮膚のかゆみなどの症状が出た。医師いわく、いずれもデング熱によるものか100%は分からないようだが、可能性は高いようだ。

7月19日(木)

パアンに戻って来てから数日は軽い食欲不振が続き、揚げものや肉などを食べたいとまったく思えなかった。消化の良いものや野菜を食べる。

加えて身体がだるく、少し動くだけでもすぐ疲れてしまう。いかに体力が減ったか自分でも驚いてしまう。

7月21日(金)

ミャンマーでデング熱にかかったでも書いたように、朝方に急に微熱が出て、急に右耳下の付根のリンパが腫れきた。痛くてたまらない。初めは単なる寝違えだと思ったが、どうやら右耳下から肩にかけてのリンパ管も炎症を起こしているらしく、首を少し動かせば激痛。

パラセタモールを飲み、アイスノンでリンパを冷やしながらとにかく休む。熱が下がってくると、リンパの痛みも少し引いてきた。

7月22日(土)

相変わらずリンパは腫れている。そして完治したと思っていた全身のかゆみが再び襲ってきた。乾燥肌がひどくなったような感じのちくちくとしたかゆみがひどい。昨晩から足と腕が特に痒くて眠れないのなんのって。

我慢できずにかいてしまうと、前回の斑点とは違う、赤い点々が出てくる。午後・夜になるにつれ、かゆみがひどくなる。

7月23日(日)

かゆみがひどくてまったく眠れなかった。かゆいかゆいかゆい!発狂寸前。

病院から処方されたかゆみ止めがもうないため、近所の薬局で同じ薬を探しに行った。残念ながらタイの病院で処方されたものはなかったけど、同じ抗ヒスタミン薬をふたつ見つけて、両方試しに買ってきた。

ひとつはレボセチリジンのLevocet、もうひとつはデスロラタジンのDevit。調べてみると、レボセチリジンの方が効果が強そうなので、前者を飲んでみる。が、全然効かない。プラシーボ効果かわずかにかゆみが引いたような気がするが、かゆいかゆいかゆい。

かゆみがひどくて何にも集中できない。なんたって眠れないのがしんどい。 

7月24日(月)

まったくかゆみが治まらないため、薬局にいた看護師の言葉にしたがって、朝もう一錠飲んでみる。が、身体がだるいし、恐ろしく頭が痛くなる。最大摂取量内ではあるが、おそらく副作用のせいだろう。

午後、体調不良で少し仕事を休む。パラセタモールを飲み少し横になったら、頭痛が収まり仕事に戻る。しかし、身体は相変わらず重く、疲れっぽい。

夜になるにつれ、またかゆみもひどくなる。どうやらレボセチリジンとデスロラタジンは望ましくはないが、併用しても問題なさそうなので、デスロラタジンを服用する。何となくかゆみが少し治まったような気がする…。 

7月25日(火)

朝起きると、かゆみが少し引いていた。抗ヒスタミン薬のおかげか、単純にかゆみが減ったのか、よく分からない。

相変わらず右耳下のリンパが腫れている。少し痛みが治まってきたものの、右耳下のリンパも痛みがある。何かしらのウイルスと戦っている証拠だろうが、いまだにデング熱のウイルスが身体にいるんだろうか。

7月26日(水)

ヤンゴンへ出張があったので、ついでに病院を受診する。運悪く初見の若い医師にあたってしまう。

診察後の一言目は「ガンではないですね」。

そっから疑っていたんかーーーい!いや、ガンでないことは嬉しいけど、先週までデング熱で、それに関連することは疑わないのかなあと。

次に一言。マラリアなどのウイルス感染の疑いがあります。でも先生、9日に検査してから感染地には行っていないし、熱や頭痛などの症状もないから可能性は低いんじゃないんでしょうか。思わず伝えてしまったら、そうですねと。

皮膚のかゆみに関してはハウスダストや花粉などの環境因子によるものだって。確かにアレルギー性鼻炎で、ほこりも花粉もダメだけど、こんな全身のかゆみに襲われたことは初めてだし、新しい家に引っ越したということもない。再び思わず伝えてしまう。すると、まれにデング熱後に皮膚のかゆみができることがあるんだって。いやいや、そっちを先に疑ってほしかった。

専門的知識がない素人があんまりでしゃばるべきではないのは自覚しつつ、現在の体調不良はデング熱に関連したものじゃないかな…。血液検査では特に別のウイルスは検出されなかったし。

まあ、ともかく新しい病気でもなく、血液の異常も見つからずひと安心。血小板は350,000まで快復していた。

ちなみに、あとあと調べてみると、皮膚のかゆみやリンパの腫れは悪性リンパ腫の症状にも当てはまっていて、だからこそガンの可能性を疑ったのかもしれないと思った。

7月27日(木)

昨日の病院ではセチリジン塩酸塩錠のCetrineを処方してもらったものの、皮膚のかゆみ自体が少し治まってきた。リンパの腫れは相変わらず引かない。

食欲はデング熱前よりあるような気がする。お腹がすぐ減ってしまう。揚げものでも何でも食欲が起きるようになってきた。

7月29日(土) 

ミャンマーではH1N1型のインフルエンザが流行して大騒ぎ。一度は新型ウイルスと言われたH1N1型はすでに季節性のインフルエンザと見なされているし、そこまで騒ぎ立てるのは良くないんじゃないかと思ってしまう。

豚肉や鶏肉を避けろなんて話もあるが、インフルエンザが豚肉から感染することはないと2009年にWHOが声明を出している。

それよりもデング熱マラリアの方が怖いよ。

リンパの腫れは引かないが、皮膚のかゆみはほとんどなくなった。ぐっすり眠れる幸せよ。

7月30日(日)

左側のリンパ管に激痛。再び首を動かせなくなる。ようやく回復してきたと思ったのに、身体がだるい。一日ゆっくり休む。

8月1日(火)

ようやく身体のだるさもリンパの痛みも引く。退院してから約2週間続いた不調から、何となく脱せたような気がする。

長い長い戦い

この記事を書いている8月7日、右耳下のリンパに腫れは残るものの、どうやら完全に快復できたようだ。発症してから丸1ヶ月、長い長い戦いだった。

デング熱は不思議な病気だ。

急に熱が出て苦しめられると思えば、急に楽になったり、もっとしんどくなったり。快復したかなと思えば、身体のだるさや不調に見舞われたり。

僕の場合はインフルエンザよりずっと辛かった。特効薬があるわけでもなく、ワクチンも研究段階(昨年から一部の国で摂取できるようになった)、タミフルを飲んでしまえば、あっという間に解熱するインフルと違って、ひたすら戦わなくてはならない。 

もう二度と罹りたくないと、改めて思ったのでした。

 

食べられる幸せ!

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ミャンマーでデング熱にかかった

ミャンマー・パアンでは、雨季はデング熱の季節である。

以前は子どもがよくかかる病気と考えられていたようだが、今ではどんな年代でもかかるようになったと聞く。

つい先日、27歳になった僕もデング熱にかかってしまった。
おそらく人生で2回目。おそらくと言うのは、フィリピンでデング熱らしき症状が出たのだが、病院がなかったため検査ができず、自己療養で治したからだ。

おそらく2回目のデング熱に罹った2週間の備忘録。

いきなり発熱。

7月7日(金)、知人の離任を見送るべく参加した夕食会の途中、いきなり急なめまいと悪寒が始まった。寒いったらありゃしない。そのまま発熱し、身体の節々が痛む。

実は、その2週間前から夏風邪を引きずっていて、咳や微熱が続いていた。免疫が落ちていたからこそ、デング熱に罹ったのかもしれない。だが、その状況が余計に単なる夏風邪が悪化しただけと思わせ、土曜日は病院にも行かず休んでいた。

体温計が手元になかったのだが、後々思えば、39℃台の熱が出ていたと思う。

デング熱感染が発覚。

たまたま9日(日)からヤンゴンへ出張だった。パアンには清潔で信頼できる病院はなく、インターナショナルクリニックを受診するにはヤンゴンに行かねばならない。

いわゆる小康状態に入ったのか、身体が少し楽になったこともあり、ヤンゴンへ行くことにした。バスで6時間移動し、そのままLEO Medicareを受診。

医師いわく、どうやら何かしらのウイルスに感染しているよう。熱は38.4℃。血液検査をしてみると、思いもかけなかったデング熱が陽性。単なる夏風邪だったと思っていたのに。

ただ、この時点で血小板数は160,000ほどと基準値を上回っている。しばらくホテルでの療養となり、2日後に再検査となった。

本気のデング熱

熱は38度半ばあるのに身体は思ったより軽い。デング熱はこんなものか。

そんなことは勘違いだった。10日(月)からは、頭痛・眼窩痛・関節痛がよりひどくなり、下痢・食欲不振・腹痛も同時でやってくる。食べなければならないのに食べられない。身体がしんどくて眠りたいのに、身体が痛くて眠れない。そんな状況が延々と続く。

11日(火)には血小板数は121,000に下がる。翌日12日(水)からは吐き気がひどくなり、嘔吐が続くために寝てもいられない。この吐き気からの嘔吐の繰り返しが一番しんどかった。いよいよ水分も取れなくなり、辛うじて取れても、下痢と嘔吐ですべて出ていってしまう。

13日(木)の時点で、ついに血小板数が45,000と下がって、出血の可能性が出てきたため、医師から入院指示が出される。

しかし、ヤンゴンにはインターナショナルクリニックで入院できるところがない。受診していたLEO Medicareでも、クリニックが入っているビクトリア病院というローカル病院に入院せねばならない。だが、ビクトリア病院に入院するにも、ミャンマー人24時間付き添い、1,000ドル事前デポジット、血清がすぐ手に入るかわからないという無理な条件。

しかも他の病院を紹介することもできないこと。医師からはビクトリア病院に入院するか、入院を拒否するかの二択のみ提示される。そこで同僚の勧めがあり、バンコクの病院へ入院を決定。入院を拒否し責任は自分で負いますという誓約書を書かされる・・。

バンコクの病院へ入院。

13日(木)夜、同僚の同行のもと、バンコクへ向かう。この時点で血圧がだいぶ下がっており、少し歩くだけでめまいと吐き気に襲われる。ヤンゴンで一度、点滴をしたものの、体力も落ちていて、ふらふら。

バンコク空港に設置されている病院の窓口で、予め予約していた専用車に乗り、一路バムルンラード国際病院へ。緊急外来を受診し、即入院決定。到着から2時間後には、綺麗なプライベートルームに案内された。素早い判断と丁寧な対応に驚く・・。

この時点で、同日午前中、38.9℃もあった熱がなぜか36℃台に下がっていた。重症っぽく来たけど、全然大丈夫じゃんみたいな雰囲気を感じていたが・・症状は変わらず、吐き気も身体の痛みもひどかった。

それと、正直なところ、入院さえすれば、ゆっくり休めると思っていた。だが、看護師は2時間ごとにやってくるし、落ち着かないったらありゃしない。しかも、なぜかベッドがものすごいかたい。ただでさえ、関節痛がひどいのに、身体が痛くてたまらない。入院なんてしないほうが良かったと猛烈に後悔しながら、1日目を過ごした(後々、もっと早く入院すれば良かったと思うようになるのだが)。

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バンコクの病院素晴らし。

14日(金)、血小板数は36,000まで下がる。歯ブラシ使用禁止、ひとりでベットからの移動禁止などの出血防止策が出される。もし転んで頭でも打ったら、脳内出血する可能性があるらしく、非常に危険らしい。出血の有無をよく聞かれるものの、幸運にも出血熱の傾向は見られなかった。

ちなみに一度だけ、我慢できずに歯ブラシで歯を磨いたのだが、すぐに歯茎から出血したのでびっくりして止めた。

ただ、シャワーはOKらしく、病室の綺麗なシャワー室で、ふかふか綺麗なタオルも準備され、良い気分転換になった。ベットがかたすぎると伝えたところ、シャワーを浴びている間にふかふかのマットレスに変わっていた(今度は柔らかすぎて腰が痛くなったのだけど)。

その夜、再び熱が38℃を超える。2日ぶりの高熱にもがき苦しむ。

 15日(土)、血小板数がついに上がった!こんなに嬉しい出来事は久しぶりだ。
この頃から手足がとても痒くなり、斑点が出てくる。特に足の斑点がひどく、全体が紫色がかった赤色になり、看護師さんたちも驚く。ひとりからは形態で写真を撮らせて欲しいと言われたが、あんな写真どうするんだろう。

それでも、看護師さんの対応も、医師の対応もとても良かった。あとこのくらいの日数で良くなるはずだよと、笑顔で言ってもらえることが、何にも増して安心するものだ。苦しいときにすぐ心地良く対応してくれ、ずいぶん救われた。

病院食も日本食を選ぶことができ、15日(土)から少しずつ食べられるようになった。ほぼ1週間ぶりの食事。と言っても、野菜の煮物とかくだものだけだけど。

ついに退院。

16日(日)、血小板数が72,000に上がり、ついに50,000という危険値を抜けたことから、退院できることに!ずっと点滴を打っていたこともあり、体力も少しずつ戻ってきた。

諸々手続きを終えて、お昼過ぎに退院。ちなみに入院費用は4日間で約15万円。さすが一流の国際病院でした。かなり痛い金額だが、保険が適用され支払いはなし。

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18日(火)、2日間バンコクで休んだ後、ヤンゴンへ戻った。再びLEO Medicareで検査したところ、血小板の値は200,000超え!人間の回復力はすごい。

今回、出血熱にならなくて本当によかったと思う。

その後。

19日(水)にはパアンへ帰ってきた。ようやく食欲が戻ってきたのだが、さすがに1週間近くほとんど食べられなかったため、体重は3キロ以上減り、体力もずいぶん落ちたようだ。デング熱は肝臓にも負荷がかかるらしく、しばらくアルコールも辛いものも禁止。

1週間ほどのんびり休みつつ、体力を戻していかないといけないようだ。

21日(金)には微熱が出て、右耳下のリンパが腫れきた。なんだろう。デング熱は後遺症がないと言われているが、回復後に微熱が続いたり、髪の毛が抜けたりすることがあるらしい。そのひとつなのだろうか。

発症から3週間経った22日(土)でも、いまだに身体がだるかったり、斑点が綺麗には消えていなかったりする。いまだウイルスが残っているのだろうか。しばらくはしっかり休みながら、様子を見ることにする。すっきりと良くなると良いんだが。

今後に向けて。

もうこんなしんどいデング熱なんて二度と罹りたくない。

できることは蚊対策しかなく、デング熱を媒介するネッタイマシカは特に早朝と夕方に活発だ。虫よけスプレーや蚊取り線香はもちろんのこと、長袖長ズボンで防ぐこともできる。特に雨季は甘く見ず、対策をせねばならない。

万が一、ミャンマーデング熱に罹った場合、ローカル病院を受診することも可能ではあるが、衛生状態や医療レベルの面からおすすめできない。ローカルのクリニックは外国人さえ受け入れてくれない。検査であれば、ヤンゴンのLEO MedicareやInternation SOSなどのインターナショナルクリニックを受診することをおすすめする。

入院が必要になった場合、海外保険が適用されるのであれば、動ける早い段階でバンコクや日本の病院へ移動するほうが良いだろう。特にバンコクの病院であれば、デング熱患者も多く、よっぽど日本の病院より安心である。今回利用したバムルンラード国際病院やバンコク病院は日本語対応もあるし、おすすめだ。

最後に。

今回、同僚や東京本部の人に本当に心配も迷惑もかけて反省。それと全力でサポートしてくれたことへの感謝の思い。あの状態でバンコクへひとりで移動して入院なんて厳しかった。

ヤンゴンバンコクの医師も看護師も親身に対応してくれて救われました。

皆さま、本当にありがとうございました。