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ようやく挨拶に行けた

自分のはなし
お葬式のあと、初めてお墓参りに行けた。とっても綺麗な晴天だった。

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大学2年生の頃、とあるNGOインターンに参加した。正直なところ、夏休みの2週間だけで学びが多い内容ではなかった。ただ、初めてこの人から学びたいと思える方に出会えたのだ。

今となってはなぜそう思ったのか上手く言葉にはできない。とても優しく思慮に富んだ方であり、人との向き合い方に惹かれたことは覚えている。

インターンを終えたあと、2週間のタイ短期留学から帰国し、その明後日に実家に帰ろうとしていた。タイから帰国した夜、インターン中に仲良くなった人からFacebookメッセージが届く。不思議と胸騒ぎがするものである。メッセージを見るのが怖かった。

いまでもなぜだろうと思う。あの夏休みで唯一福岡にいた日がその日であり、翌日のお葬式に参列できたのだ。お骨上げもさせて頂いた。大きく見えていた方がずっと軽くて、消えていってしまう感覚がした。

本人が一番悔しかったと思う。同じように僕らも悔しかった。なぜ生きて想いを実現し、自分の経験や考えを広めてくれなかったのかと思う。

そこまで想いながら、お葬式のあと、一度も挨拶に行けていなかった。あれから5年半、福岡を離れる前にとお墓参りに行ってきた。
福岡から2時間、ようやく墓苑に着いたが、お墓が見つからない。探しても探しても見つからない・・。結果、知り合いに実家に連絡してもらい、仏壇に線香をあげさせてもらった。お墓にも挨拶に行けた。

不思議と気持ちが少し軽くなった。何か引っかかっていたものが取れたのかな。同時にあのとき感じた気持ちが蘇ってきた。
大学2年生と故人と離れていた年齢は少しずつ縮まり、あと半分ちょっと。年齢に追いついたとき、自分はどんな自分でいるだろうか。胸を張って挨拶に行けるだろうか。少しでも追いつけているのだろうか。