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ライフ

先週末、日本から来た専門家による研修があったので、今日はお休み。カビだらけだった自室を丸一日かけて掃除掃除掃除!

9月のミャンマーは雨季で、毎日むしむしと湿度が高い日が続く。今日の天気予報では最高気温37度で、体感温度はなんと46度。洗濯物はまったく乾かないし、乾いた衣類も湿ってくる。そんな中、僕の部屋はしばらく住む人がいなかったために、ほこりとカビに覆われていた・・

たかが6畳くらいの部屋なのに、きれいにするのに1畳1時間くらいかかる。掃除用洗剤を混ぜた水にスポンジを湿らせ、ゴシゴシとこすると真っ黒な水・・久しぶりにやりがいのある掃除。

 

無心に掃除をしながら、ふと以前保険屋さんに聞かれたことを思い出した。カラオケの一室で尋ねられた「どんなライフプランをお考えですか?」。これまで一度も聞かれたことがなかった質問に戸惑ってしまった。

一般的にライフプランといえば、人生におけるお金の計画だろう。ただ、その前提には仕事もプライベートもさまざまな面での人生設計がある。

キャリアプランはある。プランと言えるほどのものでもないし、それ以上に具体的なものを持とうとも思わないが、3年後にこうしていて、5年後にこうなっていたいという漠然としたものはある。しかし、ライフってなにさ。

 

そもそも人生なんてプランできるものではないと思う。ましてやこのご時世、なにが当たり前かなんて不明確で、何十年後も変わらない前提条件も存在しない。あまりに変数が多すぎて、しかも不可避な(特に負の)外部要因が増え続けている。そんな中でどうにか生き延びていくには、綿密なプランではなく、予期しない事態に対応できる力と備えだけだろう。

すると、何歳で結婚して、何歳で子どもが何人できて、何歳で昇給して、何歳で家を買って、なんて計画は意味のないものに思えて仕方がない。それらの前提条件があまりに危うい。そしてExcel表なんかで想定し得る人生はそもそも幸せなのだろうか。

 

考え方は異なるものの、ちょうど思っているところに近い記事がアップされた。安定の条件が変わり、求め方が多様になったように思える。


このように考えるとお金も時間も使い方は自ずと見えてくるように思う。いま、海外で国際協力という仕事に携わるのは、僕にとって、遠くない未来に安定した生活を得る方法であり、 そのための条件を整えていく道なのだ。(詳しくはまたいずれ)

 

ただ、一方でどうしたものか悩むこともある。国際協力の仕事をしているからといって、誰かのために人生を捧げ、自分の人生は満たされなくても良いなんて思っていない。自分が満たされ、初めて本当に誰かのためになれるのでないか。

いずれ信頼できる相手が欲しい。子どもも。しかし、この仕事をしているとなかなか機会がなく悩ましい。いや機会はいくらでもあるのだろうが・・。時たま、このカビ部屋を誰かと共有できたならば、少しは温かみができるのではないかと思う。何気ない日常をただ過ごし、忘れてしまうのではなく、言葉にし会話できることがいかに幸せで豊かなことであるか痛感する。

彼女が欲しい。いや、彼女という関係でなくても構わないが、信頼できる関係を築いていける相手が欲しい(もちろん可愛い女性に限る)こんな夕陽を肩を寄せて一緒に見たい。

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なんだか偉そうなことを書いておいて、結局はとりあえず彼女が欲しいって何だよという感じだが、まあ僕も人なのである。