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乾き。と嫌悪

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乾き。

ひとことで言えば、”嫌悪”である。

酒に溺れる父親、不倫する母親、ドラッグに性に暴力に囚われる少年たち、ロリコン警察官に医師、殺人殺人殺人。誰がこんな世界を望むだろうか。

小松菜奈が演じる藤島加奈子は容姿端麗でみなに愛される高校生。だが、第三者を追えば追うほど、そこで出会う姿はまったく異なるものだ。狂った思考で、周囲を地獄へ引き込む悪魔だ。

 

なぜこれほどまでに嫌悪感を感じるのか。

ひとつに僕らが抱くこうあるべきという姿から逸脱しているからだ。父親は家族を守る、母親は優しく愛情を与える、高校生は真面目で素直、美しい少女は純粋で潔白、医師は誠実で信頼できる、警察は正義で助けてくれる、先生は正しく成長を助ける。そうした理想の姿に合う登場人物はひとりもいない。

一方で、役所広司が演じる藤島昭和は、そうした理想に囚われている。美しい妻と可愛い子どもがいる理想の家族を描きながら、同時にそれを破壊したいという湾曲した衝動を抱く。そこには、家族というものへ彼自身のコンプレックスが見て取れ、手に入らないと手に入れたくないとの矛盾がある。結果的にそれは虐殺と暴力へと発散される。

加奈子はその暴力と、母親からの愛情欠落により、夢の世界に生きるようになる。それは彼女がHEAVEN HOTEL(天国のホテル)に身を置き、鏡に対峙するかたちで、自室を再現することにある。彼女はもうひとつの私とその世界をつくることにより、自己を防衛し、彼女もまた、暴力に囚われていくのである。父親の虐待に合う自宅の部屋と、血に塗れた拷問道具が置かれた天国の部屋。それこそが彼女の容姿端麗な姿と、残酷な悪魔の姿を表す。

 

これらを換言すれば、乾き。で描かれるのはコンプレックスである。

それは矛盾した二面性であり、誰もが何かしらのかたちで持つものである。彼らが人間であるならば、僕らも形や程度は違えど、同様のコンプレックスを持つ。乾き。から目を逸らすのであれば、自身のコンプレックスに気づけない。そして、それはあるきっかけで増大し、僕ら自身を食う。その潜在意識的な恐怖感こそ、乾き。が描くもののように思う。